【負の世界遺産】アウシュヴィッツ強制収容所に行って北朝鮮のミサイル問題について考えてみた - よし記


【負の世界遺産】アウシュヴィッツ強制収容所に行って北朝鮮のミサイル問題について考えてみた

アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所

誰もが歴史の授業で聞いた事あるであろう『アウシュヴィッツ』。

今日はアウシュヴィッツ強制収容所に行ってきたからその事を書きたい。

こういう話は苦手な人もいると思うけど、苦手じゃなければ是非読んで欲しい。

そして知って欲しい。

100年も経ってない、近い過去にあったことを。

はじめに

僕は歴史の知識がない。

恥ずかしい話やけど、本当に何も知らない。

学生時代の成績は悪い方ではなかったけど、歴史だけは極端にダメだった。

日本史で覚えてる年号は『794うぐいす平安京』と、『1192作ろう鎌倉幕府』くらい。

もちろん鎌倉幕府で何が起こったのかも知らないし、平安京が何なのかも本当に知らない。

世界史もそれ以上に知らず、第2次世界大戦はどこどこが戦ったのかも知らないし、終わった年が1945年かな?ってギリギリ答えれるくらい。

アウシュヴィッツに関しても聞き覚えがあるくらいで、何があったのかも全く知らない。

なんでそんなに歴史だけどうしても出来なかったかというと、言い訳かも知れないけど教科書を読んでも授業を聞いてもイメージが出来なかった。

そこに書いてることが真実だと思えなかったし、誰かの推測で決めつけて簡単に書かれてるような気がしてどうしても暗記出来なかった。

そんな知識のない僕だからこそ、難しい言葉を使わずに知ってる範囲で噛み砕いて説明しながら感じた事を書いていきたい。

アウシュヴィッツを訪れた今でも、『ナチスドイツ』が国の名前なのか、政策の名前なのか、人の名前なのかも分かってません。

アウシュヴィッツ

アウシュヴィッツとは地域の名前です。

本当のそこの地域の名前は『オシフィエンチム』。

ポーランドにあります。

そのオシフィエンチムという名前をドイツ人が発音しやすいように、アウシュヴィッツと名付けたと言われています。

アウシュヴィッツがポーランドにある事すら直前まで知らなかった。

ここアウシュヴィッツではユダヤ人が無条件に連れてこられ、強制労働を強いられたり、殺害されました。

ユダヤ人というだけで、無差別に。

ドイツが人種差別としてユダヤ人を絶滅させる計画で、この場所に強制収容所を作りました。

ユダヤ人

僕はユダヤ人がどんな人種で、どの辺に住んでいて、なぜ差別されるのかも何も知らないし、アウシュヴィッツに実際に足を運んだからと言ってそれが分かった訳でもありません。

アウシュヴィッツで聞いた話を元に調べながら、この記事を書いています。

ユダヤ人という人種がある訳ではなくユダヤ教の信者で構成された宗教的民族集団のようです(宗教的民族集団とかそういう難しく聞こえる単語は出来るだけ使いたくないけど、他に分かりやすくて正しい表現が分かりませんでした、すみません)。

調べる中でユダヤ人が差別を受ける要因はいくつかあったようですが、僕的にはあんまりしっくりこないのでここでは詳しく書きません。

搔い摘んで言うと、

  • ユダヤ人がイエスキリストを殺したから
  • ユダヤ人がお金持ちだったから

とか

でも実際ユダヤ人に対する差別はもっと何百年も前から起こっていたようで、僕にはそれらが取って付けた理由な気がしてならないし、そんな箇条書きで書けるような簡単な理由でもないと思います。

興味のある方は調べてみて下さい。

詳しい方は是非教えて下さい。

アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所

この日のガイドは、アウシュヴィッツ公式ガイドの中谷剛さんという方にお願いしました。

ガイドの申し込み方法や、アウシュヴィッツのあるオシフィエンチムまでの行き方は別記事にまとめます。

ここからはアウシュヴィッツ強制収容所で当時どのような事が起こっていたか。

これから書く事は、アウシュヴィッツに詳しい人からすると内容が薄いように感じるかも知れないですが、僕のような本当に何も知らない人は全ての情報を一気に理解して覚えるのは難しいので実際に訪れた時の写真と共に、何が起こったかを簡単に書きたいと思います。

歴史は繰り返す

と言われていますが、そうならない為にも知ることは大事だと思うし、それについて考える必要があると思います。

この日は生憎の雨。

この写真はアウシュヴィッツ第ニ収容所。

奥に見えるのは通称『死の門』。

実際はユダヤ人だけでなくこの政治に反対する者や障害者、同性愛者などここに連れてこられる人は様々でしたが、90%がユダヤ人だったのでここでは分かりやすく【ユダヤ人】と言い方を統一させて下さい。

ヨーロッパ中からユダヤ人が貨車で運び込まれ、ここに来ます。

ここに連れてこられた者で生きて帰る者はほとんど居ません。

アウシュヴィッツでは約130万人が殺されたと言われていますが、実際の数は分からないそうです。

もっと多くの人が殺されていても不思議ではありません。

強制収容

何両もの貨車で、ヨーロッパ中から数えきれない程のユダヤ人がこの収容所に連れてこられます。

ユダヤ人が貨車で連れてこられ、降ろされた実際の場所。

この線路の側のスペースに、当時は収まりきらない程のユダヤ人が降ろされました。

これが当日使われていた実際の貨車。

窓もなければ、椅子もなかったそうです。

この中に何人もの人が詰め込まれ、食事も明かりもない過酷な移動が場合によっては何日にも渡り、貨車の中で亡くなる人もいたそう。

これはその貨車内部の模型。

でもユダヤ人の人達は、ここがどんな場所かは知りません。

これから何が起こるかも知りません。

新しい生活が待っていると教えられ、自分たちの全財産や大切なものを鞄に入れてやってきます。

実際の鞄です。

大切な鞄には名前や住所、乗ってきた貨車の番号など細かく書かれています。

この大切な鞄がちゃんと自分の元に戻ってくるように。

でもこの鞄をもう一度開ける日は来ませんでした。

選別

長い貨車での移動を終えたユダヤ人に待っていたものは、聞かされていたような新しい生活ではなく『選別』でした。

ドイツ軍の医者によって、働ける人とそうでない人に振り分けられるのです。

約25%が労働可能として残され、残りの【子供・女性・お年寄り・障害者】など75%は『シャワー室』と言われてガス室へ送られます。

もちろん大切な鞄も持たずに。

財産は全て没収されます。

そして、もちろんシャワー室っていうのは嘘です。

「これから殺す」って言われて大人しくガス室まで歩いてくれることはないので嘘をつきます。

半信半疑で不安な人も居たかも知れませんが、この時点ではみんなこれからシャワーを浴びれると思ってます。

分かりづらいけどシャワー室(ガス室)の模型。

シャワーを浴びると言われ、服を脱がされます。

そしてシャワー室(ガス室)へ。

この地下に、人の山がある所がガス室です。

これはもう一つの収容所にある実際のガス室。この中に押し込められます。

コンクリートで囲まれた無機質なガス室。

最後までシャワー室だと信じ込ませる為に、天井にカモフラージュのシャワーが付けられていたそうです。

殺人に使われるガスは、殺虫剤のようなもの。

この上の穴から、ガスの缶が投げ入れられます。

即死するような猛毒なガスではなく、息を引き取るまで20分程かかったと言います。

その間ずっと苦しみ続けたのでしょう。

見づらいですが、ガス室で亡くなった遺体を運んでいます。焼却炉へと運び、遺体を燃やします。

1日に数千人もの人がここで殺されていたそうです。

そして、この遺体を運んでいる人達。

実は『選別』でシャワー室(ガス室)行きをまぬがれた、残りの25%のユダヤ人です。

遺体の処理やその他多くの仕事は、労働可能と選別されたユダヤ人の仕事でした。

ユダヤ人をこのシャワー室(ガス室)へと誘導するのも25%の労働可能なユダヤ人

同じユダヤ人に連れてこられるので、75%の殺されるユダヤ人も安心したのだと思います。

働いているユダヤ人からすると、こんな事したくなかったと思います。

でもこれが、『唯一の生き残る道』なのです。

労働

有名な門

ARBEIT MACHT FREI (働けば自由になる)とドイツ語で書かれた門。

ここに連れられてくるユダヤ人は、働けば自由になれると聞かされていました。

でも生きてこの門を出る者はほとんど居ませんでした。

施設内は高圧電線で囲われ、脱走することも出来ません。

労働可能と『選別』された残りの25%

貨車を降りて労働可能と選別された残り25%のユダヤ人達は、男女問わず頭髪を全て刈り取られ、写真撮影をして入所登録を行ないます。

刈り取られた大量の髪の毛は布に加工され、市場に出されました。

実際に髪の毛から作られた布を見ましたが、普通の布と同じような見た目でそれが髪の毛から作られているとは思えませんでした。

布に加工されずに残った、大量の刈り取られた髪の毛も残されていました(このエリアは撮影禁止だったので写真はありません)。

撮影されたユダヤ人達

女性も髪を刈られます。

この真ん中の女性。微笑んでいます。

この時どういう心境だったのでしょうか。

正確な事は誰にも分かりませんが、もしかしたらまだこれから起こる悲惨な事を分かってなかったかも知れません。

彼らの仕事内容は様々で、道路舗装をしたり収容施設の維持管理、食事の準備をする者。

上にも出てきた、ガス室や病気等で亡くなったおびただしい数の遺体を焼却炉などに運び処理する者

ただ体力を消費させて過労死させる為に無意味な重労働をさせられる者もいました。

過酷な労働を課せられる上、充分な食事を与えられずに病気や栄養失調で亡くなる方もかなりいたそうです。

ただ皮肉にもその食事を与えているのもユダヤ人で、亡くなった遺体を処理するのももちろんユダヤ人です。

死の壁

銃殺刑の場合はこの壁の前で処刑される。

多くのユダヤ人がこの壁の前で殺された。

壁の前には花もたくさん添えられている。

住環境

そんなユダヤ人が寝泊まりする場所も酷かった。

3段ベッドが部屋いっぱいに置かれ、そこで1段に何人も寝る。

この建物内の造りは粗悪で、この街では真冬になるとマイナス20度を下回る事もある。

暖房設備はあるものの充分な暖は確保されておらず、寒さが原因で亡くなる方もいたそう。

またトイレも非常に不衛生な環境にあった。

コンクリートに穴を開けられただけのもの。

収容されたユダヤ人が許されたトイレの使用は1日2回のみ。

全ての収容者がこの間隔なく並んだ穴で一斉に使用することが強制された。

あまりに不衛生な為、感染病にかかりそれが原因で亡くなる方もいた。

遺品

大量の生活品。

大量のメガネ。

靴も大量に残されています。

この靴の山が両サイドに。おそらくこれでも全てではないでしょう。

これを見るとどれだけの人が殺されたか分かります。

また靴をひとつひとつ見ると、小さな赤い靴やヒールもたくさんあります。

新しい生活が待っていると聞かされ、オシャレしてきた年頃の女の子もいっぱいいたと思います。

でもその子達が向かう先は、ガス室でした。

ここに連れられてきた時点で、遅かれ早かれ死ぬ事は決まっていたのです。

先ほどの鞄も自分の手元の戻ってくると信じていたので、みんな細かく自分の情報を書いています。

もちろんこれも最初から没収される予定でしたが、ユダヤ人達は知りません。

人体実験

またこのアウシュヴィッツでは、連れてこられたユダヤ人を使って色んな人体実験もしていました。

人体実験が行なわれていた施設内の病院。

行なったとされる人体実験は、双子を縫い合わせて人工的に結合双生児を作ろうとしたり、骨や筋肉を移植しようと麻酔なしで身体を切断したり、目に薬品を入れて色の変化があるか確認したり、その他にも色々。

どれも非道な実験で数百人がなくなり、一部の生き延びた人も重い障害が残った。

現代において

アウシュヴィッツと今のドイツ

あんまり堅い話になると難しくなるし僕も全然詳しくないからあんまり堅い話はしたくないけど、今ドイツは戦争や差別、宗教上の理由等で自分の国に居れなくなった人達(難民)を自国に受け入れていることで知られています。

その数は数十万人といわれ、受け入れるという事は国の予算で難民を生活させることになります。

もちろんその国の予算は、国民の税金です。

なぜここまで難民の受け入れに寛容かというと、アウシュヴィッツを始めとした過去も関係していると言われています。

もちろん難民受け入れで今までの過ちが許されるかというとそんな事はないし、ドイツもそういうつもりではないと思います。

また難民受け入れの考えに至った理由はアウシュヴィッツの問題だけでなく、他にも色んな事があると思います。

『歴史は繰り返す』

と言われていますが、ドイツは過去の出来事を真摯に受け止め、今世界が直面している問題を解決しようと努力しているように僕には見えます。

今の日本

日本では歴史の授業でアウシュヴィッツについて勉強しますが、もうすでに忘れてる方や僕のように初めから知らない人も少なくないと思います。

今のドイツは難民の受け入れに寛容ですが、日本ではどうでしょうか?

難民を受け入れよう!って思う人は少ないんじゃないかなって思います。

日本に別の国の人達が住むようになり、自分たちが納めた税金で彼らを生活させるくらいなら、もっと自分たちの生活を豊かにするような使い道をして欲しい!って思う人がほとんどかも知れません。

でもそれは約80年前にドイツがアウシュヴィッツにユダヤ人を連れてきだした時の考え方に、もしかしたら近いかも知れません。

あの時もドイツは生活が苦しく、もっと自分たちの生活を豊かにする為に国民が選挙でヒトラーを選んだ事が始まりでした。

だから日本も難民を受け入れれば良いか?というと、そういう簡単な問題ではないのは分かってます。

でも過去に世界ではどんな事が起こっていたかを知る

そしてその事について考える

っていうことは大事なのかなって思います。

知った上でやらない決断をする事と、知らずにNO!と言う事は大きく違います。

そう、ちょうどこれが行なわれていたのは第二次世界大戦中でした。

そして第二次世界大戦で、日本はドイツの味方でした。

誰もが一度は勉強してると思いますが、それを覚えている人はどれくらいいるでしょうか?

またそれについて考えた人はどれくらいいるでしょうか?

傍観者になっていないでしょうか?

恥ずかしながら僕は学校で勉強した記憶すらないですし、完全に傍観者でした。

外国ではもっと教育がしっかりしていると聞きます。

日本でも、もう少ししっかりした教育が必要なように思います。

最近日本でも北朝鮮がミサイルを撃ち、アメリカがそれに対して攻撃する構えを見せたり、中国も攻撃する可能性がっていうことが今まさに身近なところで起こっています。

世界で起こっている全ての問題を全員が正確に理解し、それについて考えることは不可能かも知れませんが

『歴史は繰り返す』

を実現させない為にも身近にある問題について知り考えることで繰り返されなくても済む悲劇があるかも知れません。

結局少し堅い話になってしまいましたが、考えるひとつのキッカケになればと思います。

正直考えるって言っても何を考えていいか分からんくらい難しい問題やけど、これからもっと色んなことを知っていこうと思います。

そしてこれが何かの役に立つかも分からんけど、実際に足を運んで知ったことをシェアしていこうと思います。

もしこれを読んで何かを感じたり、思ったことがあれば是非コメントでも直接メッセージでもいいので教えて下さい。

浅い知識で思った事をそのまま書いているので不適切な表現もあるかも知れませんが、気になるところがあればご指摘下さい。

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コメント

  1. なみ より:

    最近instagramの方にコメントをいただいたなみです!
    しっかり読ませてもらいました。
    私も実際に収容所を訪れるまでは、傍観者だったのかもしれません。
    日本もドイツの味方だったという事実は都合よく忘れて、「ドイツが過去に行ったひどいユダヤ人虐殺」という認識にだったと思います。

    決して他人事だと思わず、自分ごとにして考えるのが大切だとすごく感じさせられました。
    ブログやinstagramこれからも応援してます!

    • yoshikilx より:

      なみさん

      コメントありがとうございます。
      はい、どうしても他人事だと考えてしまいますが、事実を知れば知るほど他人事とは思えなくなってくるのでもっと知っていく必要があると感じました。

      ありがとうございます。